デザインは発想型から実装型へ――絵に描いた餅で終わらせない、実装できるデザインの作り方設計者のためのインダストリアルデザイン入門(14)(1/3 ページ)

製品開発に従事する設計者を対象に、インダストリアルデザインの活用メリットと実践的な活用方法を学ぶ連載。今回は「デザインは発想型から実装型へ」と題し、絵に描いた餅で終わらせない、実装できるデザインの作り方について解説する。

» 2025年05月22日 10時00分 公開

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1.発想型デザインから実装型デザインへの転換

 近年、製造業におけるデザインの役割が再定義されつつあります。かつての「デザイン」といえば、製品の見た目を整える、つまり“美しさ”や“新しさ”を演出するものと捉えられてきました。しかし、今日では開発現場の実情を踏まえた上で、実装可能で事業的にも成立するデザイン、すなわち“実装型デザイン”へのニーズが高まっています。

 その背景には、デザイン思考の流行を起因とするアイデア偏重の“発想型デザイン”への興味の高まり、そしてそれが現場で機能しないケースの顕在化があります。確かに、斬新なアイデアや未来志向のビジョンは魅力的ですが、それを製品として具現化する道筋がなければ、結局は「絵に描いた餅」に終わってしまいます。経営者が最終的に求めているのは、きちんと量産可能で、コストや技術、スケジュールに対して現実的な“カタチ”なのです。

 実装型デザインは、まさにそうした“カタチにする”ためのデザインの領域を指示します。今、開発の現場で求められているのは、単なるビジョンやビジュアルの提案のみにとどまらず、設計や生産、調達などの現場とも対話しながら、実現可能な解を導く能力を持つデザインです。

2.あまりにも迷惑な発想型デザイン――絵に描いた餅のリスク

2-1.アイデアだけでは伝わらない現実

 発想型デザインが評価される場面は確かにあります。特に展示会やプレゼンテーションなど、アイキャッチとしてのインパクトが求められる局面では、人を惹きつけ、チームのモチベーションを高めます。ただし、実際に開発が始まると、すぐにデザインの破綻に直面します。

 例えば、スケッチと抽象的なキーワードだけで構成された企画書には、「感動を与えるインタフェース」や「未来を感じさせるフォルム」といった魅力的な言葉が並ぶことがあります。しかし、そこに具体的な寸法も材質も明記されず、構造的な整合性も欠いているのであれば、それはエンジニアの扱う情報としてはあまりに不足しています。

どんなに「未来を感じさせるフォルム」のデザインでも抽象的なアイデアだけではエンジニアには伝わらない どんなに「未来を感じさせるフォルム」のデザインでも抽象的なアイデアだけではエンジニアには伝わらない 出所:iStock/Chesky_W

 良くも悪くも、抽象度の高いアイデアは、エンジニアにとって“解読困難”な言語です。再現性のないデザイン指示に振り回され、結果的に「最初から作り直す」事態に陥ることもしばしばあります。発想型デザインの一本足打法で実装フェーズに進むと、エンジニア側で解釈の齟齬(そご)が生じやすく、構造や強度面での破綻や、製造原価の逸脱といった問題が発生します。

 企画が曖昧であったが故に、下流の設計/製造フェーズで“手戻り”として顕在化してしまえば、「デザインは結局何も生み出せなかった」と評価され、マイナスの印象を与えてしまいます。

2-2.発想型デザインの失敗事例

 発想型デザインに傾倒した際の問題をよりイメージしやすくするために、具体例を挙げます。

 例えば、新製品の構想段階で、社内デザインチームが「未来的な操作感」をコンセプトに、タッチパネルと球体インタフェースを組み合わせた斬新な案を提示したとします。球体のデザインは見た目がとても斬新で、展示会でプロトタイプを展示すれば高評価を得られるでしょう。

 しかし、実際の実装段階に入ると問題が噴出します。

 まず、量産技術の観点では、そもそも球体形状は筐体の加工や組み立てコストが大幅に増す設計です。さらに、内部レイアウトの観点でも非効率であり、耐衝撃性の確保も困難です。また、使用者の手の大きさによる誤検知や、視認性の違いによる操作ミスの頻発など、UX(User Experience/ユーザー体験)の観点からも実用に耐えないことが判明してしまうでしょう。

 量産技術に詳しい人材がいれば、論点としてあらかじめ挙げられた可能性もありますが、実際の現場では事業計画や過去の意思決定に勢いづけられて、見て見ぬふりをして事業が進められてしまうこともあるのです。

 問題が顕在化すれば、構造設計チームは根本からの再設計を迫られます。その結果、製品リリースが何カ月も遅延し、企画から量産までのコストは当初計画の数倍にも膨らみます。それだけではなく、プロジェクト全体の士気も下がり、退職要因の一つにもなり得ます。

 そもそもの企画がマーケティング目的であれば問題ないでしょう。量産のことなど考えなくてよいからです。しかし、新規事業の立ち上げなど事業性を伴う場でも、このような事態は起こりがちです。

 「実装の視点がないまま突っ走った発想型デザイン」は、現場に深刻な負荷を与えるだけでなく、プロジェクトそのものの信頼性を損なうことすらあるのです。

 「実装の視点がないまま突っ走った発想型デザイン」は現場に深刻な負荷を与え、プロジェクトそのものの信頼性を損ねてしまう  「実装の視点がないまま突っ走った発想型デザイン」は現場に深刻な負荷を与え、プロジェクトそのものの信頼性を損ねてしまう 出所:iStock/tuaindeed
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